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2008年05月24日
あじあ号に会ってきたよ(またまた旅順に行ってきたよ)
先月に引き続き、旅順に行ってきました。
今回の目的は、旅順観光ではありません。
(1)あじあ号展望車(再現)に乗る!
(2)あじあ号牽引車・パシナに会う!
の2本立てです。
あじあ号の説明を簡単にしておくと、
南満州鉄道株式会社が運行していた、最高時速130km、大連−新京(長春)間を7時間半で結ぶ夢の超特急です。
牽引車・パシナは蒸気機関車には珍しい流線型の車体で、この開発技術は新幹線の開発にも大きな影響を与えたと言われています。
まずは、あじあ号展望車のレポからです。
これは、あじあ号の最後尾に設置されていた展望車を再現して、観光客向けに公開運転しようという企画です。
年に数回しか運行されない(最低20人は必要らしいです)とのことで、
事前に旅行会社に開催スケジュールの確認を怠らなかったかえる君の勝利です。
当日、旅行会社の車で周水子駅に到着しました。
さすがに、大連駅からは出発できないので、この小さな駅からの出発なのでしょう。
ちなみに、大連の飛行場はこの駅のすぐ近くにあります。
跨線橋に上がってみると、ちょうど列車が入ってくるところでした。
牽引車1両と、展望車両1両の合計2両編成です。
かえる君、早くもウッキウキです。
「新亜細亜展望車」と書かれたプレートと記念撮影です。
よく見ると、JALと東北国際旅行社のロゴも書かれていますね。
展望車両の外観です。
写真などで見る本物のあじあ号の展望車に比べるとちょっと見劣りする感じもしますが、致し方ないでしょう。
早速、乗り込んでみます。
車両の半分はイス席になっています。
ウッディな感じがとてもいいですが、長時間座ったらお尻が痛くなりそうですね。
車内はなぜか、童謡やフォークソングが流れていました。(サービスの一種?)
後ろ半分が展望車両になっていました。
昔の写真ではシルク張りのソファーだったようですが、折りたたみのイスでした。
みんな、出発前でそわそわしています。
午前9時ちょうどに列車は出発しました。
周水子駅のスタッフも見送ってくれていました。
周水子駅って1日4便位しか電車が止まらないので、結構スポット的なイベントだったと思います。
周水子駅を出てすぐは、貨物列車等をよく見かけました。
しばらく行くと、左手に渤海が見えてきます。
また、所々アカシアの花も咲いています。
途中の営城子という駅で休憩しました。
この駅舎はロシア統治時代に建てられた駅舎がそのまま残っているとのことです。
みんな下車して、記念撮影です。
営城子駅を後にして、旅順方面へ向かいます。
ここでも駅員さんが見送ってくれています。
10時半過ぎ「水師営でーす」という声とともに、列車は停車しました。
降りてみると、駅でも何でもない、ただの踏切でした。
なんと展望車の旅はここで終了なのです。
なぜかと言うと、旅順駅は外国人未開放地域の中にあるので、入れないのです。
ここで下車して、旅順観光に向かうとのことでした。
その後は、旅順お決まりパターン観光に突入しました。
先月、旅順はかえる君渾身のレポを行ったので、さらっと流します。
まずは203高地です。
慰霊塔と、ロシア軍の150ミリキャノン砲です。
海の方を向いていますが、本当は反対側の山の斜面を向いていました。
(日本軍が攻め込んだのは逆の山側ですからね)
次は水師営会見所です。
担架として使われ、会見の際に使われたテーブルです。
裏から見ると…ん?木が異様に新しい感じが…まさかパ(以下略)
馬をつないだナツメの木の3代目。
先月よりも緑の葉が増えてます。
ちなみにお昼を食べたのも前回と同じレストランでした。
外国人が旅順観光に行ったら、必ずここで食べるそうです(他に食べられるところがない)
その後、東鶏冠山北堡塁へ向かいました。
前回時間切れでゆっくり見られなかった資料館をじっくり見学。
203高地にレプリカのある280mm榴弾砲の弾丸です。
前回よりもナツメや杏の樹が生い茂っています。
杏の実をガイドさんが取ってくれたのですが、苦いのや酸っぱいのが多かったです。
東鶏冠山北堡塁を見学した後は一路大連市内に戻ります。
本日のもう一つの大イベント、「あじあ号牽引車・パシナ」の見学です。
大連市内に戻り、勝利橋(旧:日本橋)の裏手にある、鉄路局(国鉄)の修理工場へ向かいます。
修理工場に到着しました。
敷地に入って、建物に向かいます。
金網越しに、パシナの一部が見えました。
かえる君、待ちきれなさそうですが、鍵を持った職員の登場を待たなければいけません。
鍵を開けてもらうと、そこには、パシナの巨体が静かに保管されていました。
かえる君、憧れのパシナにやっと会うことができました。
(現在、瀋陽では2回振られています)
思ったよりも車体が大きいですね。
実際に走行した時の迫力が偲ばれます。
動輪の大きさにかえる君もびっくりです。
なんと、運転室にも入ることができました。
思ったよりも単純な計器類ですね。
底板は一部腐食で抜けそうになっていました。
計器などは、簡体字の表記になっていました。
きっと戦後使われている中で交換されたのでしょう。
この保存状態からすると、動態保存はかなり難しいでしょう。
(比較的保存状態の良かった瀋陽のもう1台も、構内300mを走らせるのがやっとだったということなので)
多くの人々の夢が詰まったあじあ号は、いつされるかわからない修理を待っているようにも感じました。
でも、もう少し奇麗に保存してあげて、多くの人に見てもらいたいなと思ったかえる君でした。
なんか思い入れが強すぎて、思ったよりアッサリしたレポになってしまいました。スミマセン。
投稿者 しん : 2008年05月24日 20:56 | [ カテゴリ : 中国 , 鉄道 ]
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