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2009年10月31日

子パンダの河南省旅行・その3

この日は朝から中国版新幹線の動車組『和諧号』に乗って、安陽へ行きます!
新幹線に乗るというので、子パンダはウッキウキ♪かえる君はさらにウッキウキです。
鄭州駅 和諧号

中国版新幹線は、全席指定でとても快適。あっという間に目的地の安陽に着きました。
安陽駅ホーム どこにも書いてないけど、安陽駅の外観

安陽は、殷(中国では「商」)代の遺跡があり、甲骨文字が大量に出土したところです。
殷の遺跡は、宮殿跡と王陵跡の2箇所があります。早速Go!
まず向かったのは、殷墟宮殿宗廟遺址
殷墟宮殿宗廟遺址

発掘現場全体をそのまま遺跡として残したような感じで、結構広い敷地内に見所が点在しています。
一番の見所は、やはり殷墟博物館
安陽でみつかった貴重な発掘の主要なものはこちらに集約されているといっても過言ではありません。
殷墟博物館

まず展示されていたのが、水道管。すでに治水などの技術が発達していたというのは、すごいですね。
4千年前の水道管!

そして殷代の主なものとしてあげられるのは、やはり青銅。何がなんだか忘れましたが、いっぱいありました。
なんでこんなに歪んでるんだっけ… これは、多分銅矛の先端

それから、玉もいろいろありました。これも1つ1つは何か忘れました。
多分、装飾品か魔よけ的なもの? 玉でできた矛や刀など。実戦用ではなさそうですが。

そしてなんといっても、甲骨文字。漢字の起源となったものです。いちいち写真撮りきれないくらいいっぱいありました。
甲骨文字 甲骨文字

この立派な青銅器は、司母戉鼎。殷墟遺跡の発掘物の中でもとくに重要なものらしい。
どう重要なのかは分からずじまいでしたが…多分、大きいから?大きなものを作るには、高度な技術が必要ですからネ。
司母戉鼎

他にも、鈍器の一部が刺さってる人の頭蓋骨(戦闘の跡を示すと思われる)とか、竹のフィルター(何に使ったのか不明)とか、獣の骨を加工した装飾品とか、なんか興味深いものがいろいろありました。
もちろん、例によって子パンダが大人しくしてるわけがないので、ゆっくりは見れませんでしたが。

殷墟博物館を出て、その他の見所を見学。
ここは、殷墟車馬坑展庁
殷墟車馬坑展庁

ここには、発掘された馬車が6台展示されていました。馬車と一緒に人骨が埋葬されていたとのこと。
馬車はどこか他の発掘現場から持ってきたようですが、手前に写っている車輪の跡は発掘されたものそのままなようです。
6台の馬車と、車輪の跡 馬車と一緒にみつかった人骨

その他の見所は、発掘されたものがそのまま残っているような感じでした。
甲六基址。この”甲”は、いわゆる”甲乙丙丁…”の甲で、Aみたいな感じ。発掘時につけた整理番号みたいなもの?
柱の跡などは風化してしまうので、そこに木の杭をたてています。
甲六基址

これはなんだっけ、まあとにかく他のも何かしら番号というか名前がついてますが、こんなのがいっぱいあります。
人骨とか土器などがみつかったところは、そのまま透明のカバーをかけて残されておりました。
アクリル板のような覆いの下にそのまま残されている

こちらは、婦好墓。皇帝の妃の墓で、ほぼ完全な形で発掘されたとても貴重なものだそう。
墓の内部

こちらは、祭祀坑。一つ一つ、人骨とか獣骨とかいろんな道具とかが埋まってます。
埋葬のしかたも、横たわった状態とか座った状態とか、いろいろありました。
こんなのがいっぱい。 細かく見てみると、それなりに面白い

その他、甲骨文字と現代の漢字の対応表とか、発掘された甲骨文字の内容の解説とかが敷地内に展示されており、それはそれでなかなか面白かったです。
結構私が見入ってしまって、気がついたら子パンダがひとりでどっか行ってたってことも(汗)
と、殷墟宮殿宗廟遺址だけでも結構時間がかかってしまったのですが、本当に見ごたえがありました。

続いて、殷墟王陵遺址へ。こちらは、王陵跡です。
殷墟王陵遺址

敷地内はこんなだだっ広いと感じ。
殷墟博物館に展示されていた司母戉鼎が発掘した場所でもあり、レプリカが飾られています。
王陵の発掘後は、風化してしまうのでまた埋めてしまったようで、植え込みで形が分かるようになってるだけでした。
司母戉鼎のレプリカ 武官大墓らしい。皇帝の墓じゃないのかな?よくわからん

王陵墓葬展覧館。司母戉鼎が発掘された場所だと思う。多分。
ここにもレプリカがおいてあって、多分、発掘されたときの状況を再現してるのではないかと。
王陵墓葬展覧館 ばかでかい穴の中にポツンとおかれる司母戉鼎のレプリカ

こちらにも車馬坑陳列館はあったのですが、雰囲気はさっきの宮殿宗廟遺址とだいたい同じ。
まあそういうのがとにかく大量に発掘されたということですね。一応、中国最古の車が出土した場所らしい。
車馬坑陳列館 馬車がいっぱい

王陵遺址は、実際にさまざまな物が出土した場所として重要ではあるのでしょうが、出土品として貴重なものはほとんど殷墟博物館にうつされており、いっぱい見すぎてお腹いっぱいな感じでした。
ま、通し券なので時間があればどうぞ、という感じでしょうか。

ちなみに、宮殿宗廟遺址と王陵遺址の2箇所は無料シャトルバスで連絡しているとのことでしたが、8人のりくらいのワゴン車に20人以上詰め込むというシロモノ。こんなことならタクシーで行ったほうがマシなくらいでしたが、問題は王陵遺址のほうは訪れる人が少ないのかさびれてて、行きはいいけど帰りはこの悪夢のようなワゴンに乗るしかないのでした。

というわけで、殷墟遺跡の観光はこれでおしまい。
また新幹線に乗って鄭州に帰りました。

ところで、鄭州には日本人がやってる鉄板焼レストラン『尊和』があります。
鄭州に2泊しましたが、2晩ともこちらでたらふくいただきました。
観光で鄭州に来るような物好きは少ないらしく、また、大連から牛肉とか調味料とか仕入れているそうで、話好きの社長と大連話で盛り上がりました。
来年のACLは、鄭州を本拠地とする河南建業の出場が決まっております。
遠征に行かれる際には、ぜひ行ってみてください。

投稿者 あっこ : 2009年10月31日 23:59 | [ カテゴリ : 中国 ]

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